英労働党、新党首にバーナム氏を任命 週明けに首相に就任し政権発足へ

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英与党・労働党は17日、ロンドン中心部で特別党大会を開き、アンディ・バーナム下院議員を新たな党首に任命した。バーナム新党首は20日に、キア・スターマー氏の後任として、新たなイギリス首相に就任する。
前グレーター・マンチェスター市長のバーナム氏は、5月に行われた地方選挙での労働党の大敗を受け、党首の座を目指し、イングランド北東部メイカーフィールド選挙区の補選で下院議員に復帰したばかり。その後、スターマー氏の辞任表明を経て、党内での圧倒的な支持を獲得し、急速に権力を掌握するに至った。
この日の党首就任演説では、バーナム氏は、イギリス各地に権力を再分配する自らの政策構想をあらためて示した。また、党首として取り組む五つの公約を表明した。
特別党大会ではまず、ルーシー・パウエル副党首が、前党首のスターマー氏に敬意を表し、同氏の政権の実績を称賛した。
パウエル氏は特に、政権交代を成し遂げた2024年の総選挙に言及。「彼の功績は、労働党を救うのを助けた人物として語り継がれるだろう」と述べ、スターマー氏が党を「歴史的な敗北」から「歴史的な選挙勝利」へと導いたと付け加えた。
その後、党運営を担うホリー・リドリー書記長が登壇し、今回の党首選が公正に行われたことを確認した。そして、スターマー政権で内相だったシャバナ・マフムード議員が、労働党の執行委員会委員長として、バーナム氏を新党首として発表した。
マフムード氏は発表に当たり、立候補者の中で党首選の次の段階に進むための基準を満たしたのは1人だけで、その人物は379人から推薦を受けたと述べた。また、加盟労働組合および社会団体からは、その候補者が合わせて23件の推薦を受けたとし、これには11の労働組合全てからの推薦も含まれていたと明らかにした。

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バーナム氏は演説の冒頭で、すべての労働党議員が「あらゆる地域の忘れ去られた地域を代表して、メイカーフィールドの人々から寄せられた呼びかけ」を耳にしたと述べた。
そして、これは「かつて知っていた労働党の復活」を求める呼びかけであり、「我々は、その呼びかけに応える」と話した。
さらに、労働党は団結しており、「この団結の力を、政治が再び希望を持たせてくれるのを、あまりにも長く待ち続けてきた人々や地域に注ぐ」と述べた。
バーナム氏はまた、「私は準備ができている」と語り、労働党を率い、前任のスターマー氏が築いた基盤をさらに発展させる用意があるとした。
同党については、スターマー氏の指導の下、史上最悪の敗北から史上最高の勝利へと転じ、人々の生活を変えることができる立場になったと述べた。
そして、前任者の数々の成果として、国民保健サービス(NHS)の待ち時間の短縮や、国際社会におけるイギリスの評判の回復などを挙げた。
労働党党首としての「五つの取り組み」
バーナム氏は演説の軸として、「労働党をより良くするため」の五つの取り組みを挙げた。
1点目として、「一つの労働党チーム」という文化を築くために「たゆまぬ」努力をするとし、あらゆる意見のニュアンスを尊重することで団結を築くよう努めると述べた。また、主要閣僚の人選はまだ決めていないものの、党全体の声を反映したものになると付け加えた。
二つ目には「新たな政治の構築」を挙げた。イギリスの人々は政治に憤りを感じており、それが原因で政治に関心を「失っている」とし、「我々は十分ではなかった」と付け加えた。
そして、メイカーフィールドの有権者が労働党にもう一度チャンスを与えてくれたが、これは変化の「最後のチャンス」であり、「我々は共にこのチャンスをつかまなければならない」と語った。
三つ目としては、可能な限り他党と協力する意向を示しつつも、「労働党ならではの」方向性を打ち出し、党が「大胆に、自信を持って、ありのままの自分たちらしく」あることで勝利を収めるとした。
4点目には、「(イングランド)北部、南部、東部、西部、そしてスコットランド、ウェールズ、北アイルランド」のためのリーダーになることを挙げた。特に、イングランド北部が自分に「多くのものを与えてくれた」とし、その地域に可能な限り強い発言権を与えるよう努めてきたが、今後は「あらゆる地域に対して同じことをする」と語った。
また、自分はイギリスのあらゆる地域を愛しているが、各地方が現状以上の可能性を秘めていることを認識しており、政府は各地域が「主導権を握り」、さらなる発展を遂げられるよう支援すべきだと付け加えた。
さらに、「子供たちが人生で成功するために、そうした誇り高い場所を離れる必要などあってはならない」とも述べた。
五つ目の公約として、ウェストミンスター(中央政界)やロンドンの官庁街ホワイトホールに集中している権力を、「あなたが暮らす地域」に移すと述べた。
同氏は、生活の必需品をより良く機能させ、手頃な価格にするためには、人々がそれらに対してより大きな決定権を持つべきだと述べた。
また、自身は労働党の親ビジネス派の指導者だと強調。再工業化を推進し、教育を改善してすべての人に人生の道筋を与えるため、より多くの権限を掌握すると誓った。
バーナム氏は最後に、これらの計画は「私たち全員があまりにも長く失っていた希望を取り戻すこと」だと語り、こう結んだ。
「人々は私たちに成果を期待している。そして、私たちはそれを実現する」
大胆な演説で労働党と英政界の変革を約束
ヘンリー・ゼフマン政府担当主任編集委員
バーナム氏の労働党党首就任演説は、極めて大胆なものだった。
演説は、スターマー氏が築いた基盤を土台として前進していくことについて語るところから始まった。
そして、その内容はさらに大きなものへと展開した。イギリス政治における過去40年間で最大の変革の瞬間について語るとともに、労働党内の派閥争いを終わらせることについても言及した(どちらがより困難な課題なのかは分からないが)。
それは、自分は過去10年間で次々代わった首相たちの長い列に収まる、最新の1人に過ぎないとは信じていない人物による演説だった。
バーナム氏自身から見ても、ましてや他の人々の目から見れば、これは明らかに大きな重点の転換だ。
バーナム氏は、現在の労働党はもはや、人々が認識しているような労働党ではなくなっていると指摘。それこそが、約1カ月前に自身が補選で勝利したメイカーフィールドの人々の見解だと述べた。
そしてその後、タイン川やティーズ川の造船所、ロンドン、そしてペナイン山脈の東部と西部の工場町で、かつて労働党に投票していた人々について言及した。
これは、バーナム氏による支持基盤の拡大を図る試みだ。同氏は、グレーター・マンチェスター以外の地域でも支持を広げることについて、明らかに意識していた。
それは単に彼自身のためだけでなく、2024年の総選挙でスターマー氏が世間に示したものをはるかに超えて、労働党の支持基盤と姿勢を広げるためでもあった。
2度の党首選敗北、「北部の王」……バーナム氏とは
バーナム氏は1970年にリヴァプールで生まれた。リヴァプールとマンチェスターの間にあるチェシャー州カルチェスという静かな村で、労働党支持者の両親のもと、3人兄弟の真ん中として育った。
地元でカトリックの学校に通い、幼いころから英プレミアリーグのエヴァートンFCのファンで、クリケットにも熱心なスポーツ少年だったと同時に、早くから労働党の政治家を志した。
兄弟3人は、一家の中で初めて大学へ進学。アンディはケンブリッジ大学で英文学を学んだ。しかし当時について後に著書で、「居場所を見つけるのに苦労」し、「自分のことを場違いな偽物」のように感じていたと書いている。
一方、ザ・スミスやザ・ストーン・ローゼズといった北部のインディーバンドが大好きで、「マンチェスター音楽に興味を持ち始めたことで、自分のアイデンティティーを手にしたし、それが自分の利点になった」とも書いている。
大学卒業後は複数の業界新聞社で勤務した後、20代の内に、後にトニー・ブレアおよびゴードン・ブラウン政権で閣僚となるテッサ・ジャウェル議員のもとでリサーチャーとして働いた。その後、党内で急速に頭角を現し、ブレア政権ではクリス・スミス文化相の特別顧問となった。2001年には、故郷に近いグレーター・マンチェスターのリー選挙区で、下院議員に初当選した。
ブレア政権で閣外相として初入閣した後、ブラウン政権で財務首席政務次官、文化相、保健相を歴任した。
リヴァプールのサポーター97人が死亡した1989年のヒルズバラ・スタジアム圧死事故の20周年追悼式に、文化・メディア・スポーツ相として出席した際、大勢からやじを浴びた。これを機に、閣議で再調査の必要性を主張したことが、事故原因の2度目の調査開始につながった。
2010年の総選挙で労働党が敗れると、ブラウン氏の後任を目指して党首選に出馬。5人中4位となりエド・ミリバンド氏に敗れたが、その後も支持基盤を築き続けた。2015年にも党首選に再挑戦したが、この時はジェレミー・コービン氏に敗れた。
コービン党首率いる影の内閣では、影の内相を務めたが、党内ではブレア派の中道右派と見られていた。しかしその後、その立場は次第に左寄りになり、水道やエネルギーの国有化を支持するようになった。
2017年には、行政区分が変わったグレーター・マンチェスターの初代市長に立候補するために議員を辞職。得票率60%以上で勝利し、2021年と2024年に再選された。

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市長としては、地域の交通システム改革で評価されてきた。バーナム市政の下、グレーター・マンチェスターはロンドン以外で初めてバス運行を公営に戻すとともに、「ビー・ネットワーク」として他の交通手段と統合した。
2020年までに地域の路上生活をすべて解消するという大胆な公約も掲げたが、この目標は達成されなかった。
新型コロナウイルスのパンデミック中には地域別ロックダウンをめぐり、イングランド北部を「軽視している」と保守党政権を非難し、その存在感を高めた。時の政権と真っ向から対立したことで、「北部の王」との異名を得た。
最近では、2025年秋の労働党大会まで、党首の座を公然と目指す動きを重ね、出馬の可能性を否定しなかった。しかし、政府が国債市場に「従属している」とする発言が反発を招いた。
今年1月には、中央政界復帰の可能性が生じた。グレーター・マンチェスター選出のアンドリュー・グウィン議員が辞職を発表し、ゴートン・アンド・デントン選挙区で補選が行われることになったため、バーナム氏は出馬の意向を示したが、スターマー首相の承認を得た党執行部は、現職市長の立候補を認めなかった。
バーナム氏の政治姿勢は、成功のために政治的風向きに応じて主張を変える、風見鶏だと批判されることもある。
ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)の是非を問う国民投票では、欧州連合(EU)残留を支持した。自分が生きている間に、イギリスがEUに再加盟することを望むとも発言してきた。しかし最近では「長期的には再加盟の理がある」との考えを改めて示しつつも、ブレグジット支持が強いイングランド北部にあるメイカーフィールド補選では、EU再加盟を論点にしなかった。












